あの日、私は能登半島の端っこにいた。ニュースは台風の襲来を告げる。ここ能登半島も暴風域に入るという。これが嵐の前の静けさっていうんだろうか、空は晴れ渡っていて、照り付ける太陽が肌を焼くような真夏の感覚。

県道をジムニーで走る。目指すは能登半島最先端。ひとりで旅をしていると、どうしても「端」と呼ばれる場所に行きたくなる。本州最北端の大間、最西端の下関。最東端の魹ヶ埼にはまだ行ったことがなくて、最南端の潮岬はそもそも和歌山県という場所に足を踏み入れたことがない。島国の日本において「端」とは、すなわち海に面した場所である。

この道を真っ直ぐ行って狼煙(のろし)と呼ばれる地区を抜けると、もうすぐ能登半島の最先端。山と田んぼ、畑に囲まれてパラパラと人家が建っている。そこをビィーンとジムニーで走り抜けていく。こういう天気の日に、こういう場所をオープンカーで走ったら楽しいだろうな。アバルトのスパイダーなんかが良いな。旧車もアリかもしれない。

と、ふと、誰かがこちらを見ているような気がした。視線。直後に猛烈な視線。何かがこっちを見ている。人じゃない何か。人じゃない何かの視線。

カカシだった。カカシ。不気味なカカシ。道際に立つカカシ。車を停めて近寄ってみる。やっぱりカカシだ。こちらを見ていたのは君か。その先の道に目をやる。何十体ものカカシが並んでいる。何これ。何だここは。というかこいつらは何なんだ。

よく見ると、ひとつひとつみんな違う姿形をしている。こんな場所で何してんだ君ら。

順番に眺めてみる。どれひとつとして同じカカシはいない。みんな違う姿形。カカシと言われて想像するような一般的なカカシともちょっと違う。どうしてこんな場所にこんなにもたくさんのカカシが並んでいるんだろう。能登半島の先端に突如現れた、カカシたちのソサイエティ。

もしかしたら、もしかしたらだ。実は彼らは元々人間で、何かの罰でカカシに変えられてしまったのではないか、みたいな妄想をしてみる。能登半島では罪人をカカシに変えて罪を償わせるという習慣があるのかもしれない。彼らはここ能登半島の先端で、償いが終わるまでジッと耐え忍ぶ日々を過ごしているのだ。だとしたら恐ろし過ぎる。なんて残酷な贖罪なんだろう。んなわけあるかい。

元来カカシとは神の使いであり、田や畑を守る守護神であり、人の形をした異世界からの訪問者であるとされている。田や畑は人々の生活になくてはならないものであり、これらを鳥や害獣たちから守ることがすなわち人々の生活を守ることに繋がる。そのために人々は、人々に代わって人々の生活を守る守護神として人の姿形をしたカカシを作った。言わば彼らはガーディアンなのである。

ガーディアンズ オンザ ロードサイド。守るべきもののために作られた守護神。何だか魂が宿っているように見えるのは、やっぱり彼らが罪人で、贖罪のためにカカシに変えられた存在だからかもしれない。ここ能登半島の先端で自らが犯した罪を償うとはすなわち、他の誰かの生活を身を以って守ることである。そして償いが終わった時、彼らは再びもとの姿へと戻って家路に着くのである。信じるか信じないかはあなた次第。まぁ全部いま考えたしょーもない妄想だけどね。