2019年9月25日(水)
ホーチミン市内を散策。
晴れ。

ほぼベトナム最終日。明日の早朝の便で日本へ帰る。宿の近くのHIGHLANDS COFFEEでコーヒーとバインミーを食べて、Grab Bikeで市内へ移動。以前立ち寄ったMr.8 Coffeeでオーナーと再会。ダラットめちゃ良かったわーコーヒーめちゃ飲んだわーという話でひとしきり盛り上がる。新作のミルクティを作ったから感想聞かせてくれ!とサービスの1杯まで頂いてしまった。上品な甘さで凄く美味しかった。ブルーボトルコーヒーに対する憧れが尋常じゃなく強いので、帰国したら何か送ってあげよう。プライベートブランドの豆と、オリジナルで作ったというベトナムコーヒーのフィンを購入。これも持って行けとオリジナルのカップもくれた。大事にします、ありがとう。

荷物を置くためにGrab Bikeで宿へ戻る。ライダーは人懐っこいオッサン。考えてみれば、この異国の地で自分の命を見ず知らずのライダーに預けるって結構なことだと思う。だけどもバイクから見える景色は彼らの日常であり、彼らと同じ目線に立てる数少ない機会なんだ。街を歩いていても、食堂に入ってもカフェに入っても、結局自分はただの外国人であって、その体験は現地民のそれとは程遠い。だからGrab Bikeでの移動が好きで、敢えてこっちを選んでしまうんだ。日本でバイクに乗る時は、いつもハンドルを握る側だった。海外に来て初めて、タンデムの後ろはこういう景色なんだということを知った。

ダラットで知り合ったティンという女の子との約束まで少し時間があったので、たまたま見つけた空港横の空軍博物館に立ち寄ってみる。外にはアメリカのF-5とソ連のMig-21が並んで置かれていて、Mig-21の翼の下でオッサンたちがダラダラとお茶を飲んでいる。建物の中に入ってみると真っ暗で、あれもしかしてもう閉館してる?と思ったら脇からオッサンが出てきて明かりを点けてくれた。展示内容は、アメリカが支援した南ベトナム軍の様子と、北ベトナム軍の健闘を称えるものが半々といった感じ。けどやっぱりメインは北ベトナム軍がいかに奮闘し、社会主義を勝ち取ったかという内容だと理解した。床には米軍のサイドワインダーやソ連の謎の爆弾が転がっている。壁には北ベトナム軍のエースたちの写真と、真っ赤な旗。ショウケースにはMig-21が煙を吐きながらF-5を駆逐する模型など。英語の解説がないので説明は雰囲気でしか分からなかった。外に出ると、オッサンたちはまだMig-21の翼の下でダラダラと茶をしばいていた。

ビールを飲んで時間を潰してから、ティンとの待ち合わせの場所に。彼女は25歳で、大学を卒業してからホーチミン郊外のイオンモールで1年くらい働いた後に、今は機械の自動化に関わる会社でエンジニアとして働いているという。我々日本人にとってトップバリュブランドは日本では安さの証だけど、ここベトナムでは日本製の確かな品質を保証する高級品だと言っていた。彼女が通った大学を見に行って、学生時代によく立ち寄ったという公園を散歩して、近くのカフェで夜ご飯。それから彼女が運転するバイクで夜のホーチミンをぐるっと巡って、コーヒー。6時間くらいずっと喋っていた。日本では2日間くらい寝ずに仕事することもあるんだぜ、という話をした時の彼女の顔が忘れられない。そりゃ自殺もするわと笑っていた。

ティンはほんの少しだけ日本語を勉強したことがあるという。いただきます、とごちそうさま、の意味がどうしても理解できないと言っていた。僕らは肉を食べるけど、肉が肉になる前は生き物だったんだ。その生き物の命を僕らは食べてる。だからその命に感謝の意を示すために食前と食後に挨拶をするんだ、みたいな適当な説明をしたら、何となく理解してくれたようだ。実際、我々が普段話す色んな言葉の意味を我々は良く分かっていなかったりする。けど分かっていないという実感がそもそもない。だからこういう別の視点から質問をされると、自分は意外と自分の文化を知らないんだってことを思い知らされる。

短いスカートをはいたイケイケな感じの女の子。だけどバイクに乗る時はパーカーを腰に巻いて脚を隠す。上にも一枚着て、マスクもする。イケイケな割にはあどけない一面が多くて、それが面白くて、フィルムでバシャバシャと写真を撮った。最後は宿までバイクで送ってもらってバイバイ。なぜか泣かれてしまって、俺もちょっとだけウルッと来た。フラッと横浜辺りまで遊びに行くような感覚で訪れたこのベトナムという地。そこで出会った沢山の人たちが、外国人である自分と出会ったことによっていつもの生活とはちょっと違う時間を過ごしたことを思うと、あぁ面白い時間を過ごさせてもらったなと思う。彼ら彼女らにとってもそうであると良いなと思う。明日の早朝の便で自分は日本に帰る。彼ら彼女らの生活は明日もベトナムで続く。一度交わった異なる人生が、またこうして分岐していくことを思うと、ちょっとだけセンチメンタルな気分に沈んだりもする。