ダイアリィズ イン ミャンマー(10)

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2018年9月23日(日)
ヤンゴン市内を散策。
晴れ。

ミャンマー最終日。窓辺でコーヒーを啜る。相変わらず外ではクラクションが響き渡る。宿の人に空港への移動方法を相談すると、何だかんだタクシーが楽で確実ということで手配してくれた。帰国便は夜なので、夕方までフリー。お世話になってる人たちへの土産を探しつつ、ヤンゴン市内をブラブラしようと思った。

インド人街の集合住宅群の中にある公園に入ってみる。日が当たらない建物と建物の間の薄暗い空間に遊具が置かれているが、誰も遊んでいない。誰かいれば絵になるのになーと思った。でも誰もいないからこそ絵になる空気もある。くすんで焦げたような壁と壁の間の通路。建物の上の方に設置された室外機からボタボタと水がしたたり落ちる。薄汚れた水たまりを飛び越える。足が汚れる。モンベルで新調したビーチサンダルはすっかりドロドロ。ここで産まれここで育ちここで生きていく人たちの人生なんて俺には想像できない。それから駅を越えて、イスラム人が多く住んでいるエリアを抜けて、湖に出たが特に何もない。遊歩道が整備されていたが、木材が劣化して穴が開いていて立ち入り禁止。ヤンゴン市内には中国系の人たちが多く住む場所があり、インド人の大規模なコミュニティがあり、そしてイスラム系のそれもある。キリスト教の教会だってあちこちにあるし、ヒンドゥー教寺院の中には仏教のパゴダが建っている。まるで寺の一角に建つ神社のように。仏教国ミャンマーにおいて、ヤンゴンがこれだけ多民族多宗教だとは思わなかった。街はある程度明確にコミュニティごとに棲み分けがされているようだが、同時に入り乱れ合い、ひとつのヤンゴン市民として日々を暮らしている。

再び駅の方に戻り、ビール休憩。今日は何だかいつもより暑い気がした。それからマーケットに行き、ダラダラと見て回る。いくつか安い土産物を購入。観光客向けの土産物は俺にだって高いよ。チャットの現金もあまりないし。空港までのタクシー代を気にしながらあれこれ見て回る。

もう一度、中国人街に足を運んでおきたかった。インド人街を抜けて中国人街へ。だんだんと看板に漢字が登場し始める。ミャンマーに来てすぐに訪れた19thストリートは右も左も分からなかったが、今は少しだけ感覚が掴めてきたように思う。こんな街で消費する人生もきっと楽しいに違いない。衛生観念なんて忘れてさ、道端で鳥を捌いて火を起こしてハエを手で払う日曜の午後。暑いと感じたらビールを飲んで、バルコニーで半裸のまま友達と電話したり、ぼーっと喧騒に身を任せながら噛み煙草をベチャッと吐き出すことがあってもいい。空調が効いたオフィスでビッグデータと殴り合う毎日が幸せなんだろうか、それとも砂埃にまみれて生きるのが幸福なのか。帰国を意識し始めて、だんだんとリアルが近付いてきて、たまらなくなって、またビール休憩。噛みしめる。この時を噛みしめる。今はそれで良いじゃない。この瞬間を味わうために、俺はミャンマーに来たんだ。それで良いと思った。

宿に戻って、もうチェックアウトしちゃったけどシャワー使って良いか聞いたら快くOKしてくれた。で、手配をお願いしてたタクシーを待っていたら割と時間通りに到着。日本製の古い軽自動車で、ドライバーのオッサンと、その横には嫁さん。後部座席に乗り込んで、じゃ、行こうか。

生まれて初めてミャンマーに来た日に通った道を逆方向へ向かう。陽が沈む。ベラベラと良く喋る嫁さんはフィリピン出身なんだって。日よけに貼られた注意書きのステッカーを訳して教えてあげる。次はトヨタが良いとオッサンは言った。空港に到着。ふたりに握手して別れた。

そういうわけで今はヤンゴン国際空港のカフェでコーヒーを啜りながらこのテキストを書き殴っている。このコーヒーを以てチャットはすっかり使い切った。我ながらアッパレと言いたい。サヨナラ、ミャンマー。いつか、次は陸路で入りたい。人生初の東南アジア、控えめに言って最高な旅になりました。